2020/12/08 (TUE)

社会学部キャリア支援プログラム イベントレポート
直感まかせのキャリア~自分を主役にする選択とは~

OBJECTIVE.

2020年11月11日、メディア社会学科卒業生で総合商社(総合職)に勤務する卒業生による講演会がオンラインで開催された。

「まわり道をしてよかった」

三井物産(総合職)勤務 日高夏希さん 社会学部キャリア支援講演会

コロナウイルス禍第三波が押し寄せる秋の終わり、11月11日夜、社会学部メディア社会学科の卒業生で、現在、三井物産株式会社に総合職として勤務する日高夏希さん(29)のオンライン講演会「直感まかせのキャリア 自分を主役にする選択とは」が100人近い聴衆を集めて開かれた。日高さんは自身の豊かな海外経験を踏まえ「まわり道をしてよかったと思う。みなさんも仕事に就く前にやりたいことがあったら、ぜひやってください」と呼びかけ、聴衆からたくさんの質問と拍手を浴びていた。

講演会は社会学部キャリア支援委員会の企画・運営で、当初、5月に池袋キャンパスの教室を会場に予定されていたが、コロナ禍で延期。次いで浮上した春学期末の7月開催案も再延期となり、「11月オンライン」での実施となった。オンラインでの開催でどれくらい聴衆が集まるか危ぶまれたが、ふたを開けてみると、他学部生も多く、ピーク時100人、途中で退室した人や途中参加の人もかなりいたので、延べではそれを超えるたくさんの人たちが集まって、日高さんのユニークな経歴からくる示唆に富んだ話しに熱心に耳を傾けた。

日高さんの現在の仕事に就くまでの軌跡はとても豊かだ。まず、本学部在学中に1年間スペイン・セビリア大学に留学、スペイン語を習得した。立教卒業後は東京大学大学院に進学、今度は修士課程在学中に2年間、青年海外協力隊員として中米コスタリカで国際協力活動に従事した。昨春、大学院を修了し、現在の会社で働きはじめる。大学学部を4年で卒業して、そのまま就職する場合と比べ、プラス5年間を海外や大学院での学修、活動で過ごしてから仕事に就いている。「まわり道の効用」を説く所以だ。

学生記者、ESS、ボランティア、留学 盛りだくさんの学部生時代 「スペインではゼロから人間関係をつくった」

講演で日高さんはまず、「大学院進学や留学について大学生のみなさんから、ときどき相談を受けることがあります」と自己紹介。立教女学院高校時代は読売新聞社のジュニアプレスで学生記者として活動していた延長で社会学部メディア社会学科を選んだこと、大学時代は毎日新聞社のキャンパるでやはり学生記者を続け、学内ではESSで英語劇の活動、1年生の終わりのころに東日本大震災が起きると、被災地でボランティアに従事しNGOに関心を持ったことなどを披瀝した。

3年次にセビリア大学に立教から第一期生として派遣留学。「第一期なので行く前には現地の様子がよくわからず、実際に向こうに行ってみたら寮に入れないといったこともありました」そうした不測の事態にも見舞われつつ、「立教女学院中学でダンスをやっていたので、スペインでもフラメンコをやりました」初めての海外生活で勉学に打ち込みつつ、さまざまなことにも挑戦した。「留学ではゼロから人間関係をつくるという経験をしました。また、初めてマイノリティーになる経験もし、経済危機下で不寛容・排他的なことにも直面しました」と苦労を重ねつつ、ひとまわり大きくなって帰国した。

国際協力に魅力感じ、学部卒業時は就職活動せず 「ひとのために尽くす」という軸も 大学院に進み中南米と国際協力学ぶ

本講演会のテーマである進路の選択について。「イスラエルに行ったときに日本のTV局特派員や商社マン、NGOの方々にお話をうかがう機会があり、日本のメディアで日本の読者に向けて記事を書くのでなく、直接、海外の現地の助けとなる仕事のほうに魅力を感じ」、メディア志望が薄れていった。学部4年次には「会社説明会なども覗いたのですが、結局、志望動機が書けず、どこも受けませんでした」もともと職業観は「家族は両親が公務員、妹は臨床心理士で、仕事でひとのために尽くすというのが自然」で、国際協力の道を志すことに。

4年次の最後には、スペインの移民政策をスペイン語の新聞記事の分析から考察した卒業論文を執筆し、メディア社会学科の優秀論文に選ばれて、本学部を卒業。中南米のことと国際協力を学ぶべく、東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻修士課程に進学、ラテンアメリカ地域研究と「人間の安全保障」プログラムの両専攻に所属して学んだ。後者は世界に広く残る恐怖と欠乏から人々を守るという考え方、取り組みだ。2年次から休学して青年海外協力隊に参加する予定だったので、できるだけ多くの単位も修得すべく「1日2時間といった睡眠でがんばりました」しかし、学業だけでなく、学部生に混じって中南米音楽サークルでも活動もした。

青年海外協力隊で中米コスタリカ赴任 環境教育でリサイクル指導やコンポストセンターの運営に従事

修士論文執筆のためのフィールドワークと国際協力のために参加した青年海外協力隊ではコスタリカに赴任して、環境教育に従事した。具体的には首都サンホセから1時間半ほどの町の市役所環境課でコスタリカ人に囲まれて、自治体や学校でのリサイクル指導やコンポスト(生ゴミを活用した堆肥)センターの運営を行った。「現地の働き方に適応しつつ、日本からの資金でプロジェクトを進め」同時に、「コスタリカの人々の生き方、価値観に学ぶことに努めました」

講演では、必ずしも日本人になじみの深くないコスタリカという国の横顔も紹介された。「1949年、軍隊をなくした国で、その分、教育・医療・福祉などにおカネを配分し、国土の4分の1が国立公園と自然保護区で、エコツーリズム発祥の地でもあります。地熱・水力の発電も発達しています」

「環境保護にはグリーン系とブラウン系がありますが、私はブラウン系を担当。自然豊かな国ですが、ゴミの分別やリサイクルは遅れています。市役所の仕事でコンポストセンターをつくり、修論ではアグリビジネスと人間の安全保障をテーマにしました。具体的には、カリブ海沿岸地域のバナナとパイナップル栽培での農薬被害について書きました。コスタリカは環境立国でよいイメージを振りまいていますが、軍隊がない分、安全保障を国際社会に依存、経済的にはアメリカに依存しています。そうした中で健康被害の問題があります」

コスタリカの小学校で子供たちにリサイクル や環境問題について教える日高さん

ビジネス通じて国際貢献を 商社へ

2年間のコスタリカ暮らしから帰国し、大学院に復学。コスタリカで民間企業のプロジェクトのスピード感を見て、「民間企業もいいかな」と。協力隊出身者向けの国際協力の道もあるが、企業で働いてみたいと思うようになっていた。やがて、中南米と関わり続け、スペイン語を使える仕事という点で商社の仕事が浮上。帰国は6月で、8月の三井物産の合宿選考を受けた。海外駐在できるかと聞かれたとき「コスタリカ人の彼氏がいて、結婚したら海外駐在の際は連れて行きます。特にスペイン語圏で暮らせるとありがたいです。」と正直に答え、受け入れてもらえたという。「国際協力関係の団体の採用面接で自分を真面目に見せようとしてつまらないウソをつき、ばれた経験があったので」と笑った。

「いまは車、鉄道、飛行機、船等を扱う部署にいます。トラックなどの輸出業務です。なぜ国際協力から商社に転身なのか、よく聞かれますが、問題意識を持った人間が商社に入って働くということに意味があると思います。中南米は経済発展を遂げた「援助卒業国」が多く、開発援助よりビジネスの方で関われる機会が多いことも大きな理由のひとつでした。会社はビジネスを通じた国際貢献を重視しています」

「大学・大学院で学んだことは思考の枠組み、考え方をつくってくれます。勉強してください。周りにいろいろ言われることもあるでしょうが、自分の人生の主役は自分なのでやりたいことをやってください」と後輩たちへのメッセージで締めくくった。

オンライン会議システムのチャットで受け付けると、たくさんの質問が寄せられた。「座右の銘は?」の問いに対しては「海外でさまざまなものを見てきたので、一期一会」「仕事選びのときに適性を考えたか」に対しては「あまり考えなかった」本公演の主要テーマに関連した「遠まわりして難しかったことは?」との質問に対しては「何をしてきたかをしっかり語れるような生き方をしていけばよいのでは」と、自らの関心と問題意識に導かれて挑戦を続けてきた日高さんらしい、回答をしていた。オンライン講演ながら、最後にはたくさんの聴衆がマイクをオンにして惜しみない拍手を送っていた。

「前へ進む姿が素敵」「自分の奥で燃え、突き動かすものを探してみたい」 聴講者感想

講演を聴いたメディア社会学科3年、吉村和佳奈さんは「多くの学生たちが大学卒業後すぐに就職という道を選ぶ中、自らの興味・関心に正直に前へ前へと進む姿が率直に素敵だなと感じました。女性でまわり道をすることは日本ではまだまだ難しい環境があるけれど、今回、日高さんのお話を聞けたことは私自身の今後のキャリアを考える大きなきっかけとなりました。目先のことだけでなく、この先の人生を見据えて、どうしてみたいのかを考えてみようと思いました」と大きな刺激をもらったことを感謝していた。

また、同学科3年、大島明果さんは「まわり道の効用ということで日高さんの現在に至るまでの経緯を聞けてとても興味深かったです。率直な感想としては、興味や好奇心からそこまで行動できるというのがすごいと思いました。また学生のうちだからできることをやり切ってから卒業した方がいいというお話も印象的でした。自分には自分を動かすほどの何か奥底で燃えているものがなく、ただ流れるままに生きてきたので、今日のお話を聞いて、今一度立ち止まってこれからの人生を長いスパンで見た時に今何をすべきなのか考えてみようと思いました」と話していた。