社会学部社会学科2年の生田樂さんにインタビュー
社会学科2年 生田樂
2026/04/08
在学生
OVERVIEW
社会学部社会学科2年の生田樂さんに、立教大学での学びについて語っていただきました。
すべてがつながっていると教えてくれた社会学
社会構造そのものを分析し、社会を捉える道具を身につけたい
社会学部を目指したのは、高校で受けた社会学の授業がきっかけでした。それまでは、高校という世界が自分にとっての「社会」でしたが、授業を通して、日常の出来事がすべて社会構造の中で生まれていることを知り、世界の見え方が一気に広がりました。それまでやってきた日本史や地理とは違うことがおもしろくて、そのまま大学でも学びたいと思いました。
例えば、近隣同士の交流の減少は「都会の人が冷たいから」といった単純なことではなく、何がそうさせているのかという、背後に社会構造や制度、ライフスタイルの変化などを探っていく視点に魅力を感じました。基礎的な社会学の理論や実践的な調査方法、データ分析の仕方など、社会を捉える道具を身につけたいと思ったのは、高校で入っていた地理歴史研究部で、街歩きなどをしていたこともつながっていますね。
例えば、近隣同士の交流の減少は「都会の人が冷たいから」といった単純なことではなく、何がそうさせているのかという、背後に社会構造や制度、ライフスタイルの変化などを探っていく視点に魅力を感じました。基礎的な社会学の理論や実践的な調査方法、データ分析の仕方など、社会を捉える道具を身につけたいと思ったのは、高校で入っていた地理歴史研究部で、街歩きなどをしていたこともつながっていますね。
「社会認識と哲学」で、考え続けることの重要性を学んだ
1年次の「社会認識と哲学」では、視点を変えることの重要性や、考えることの基本を身につけられました。これは、社会学部で学ぶにあたり礎となると思います。この授業では「存在とは」「認識とは」「言語とは」といった哲学的な問いを、ただ抽象的に思索するのではなく、身近な社会現象と結びつけて考えることで、難しいテーマでありながらも興味深く学ぶことができました。
とくに印象に残っているのが「エモいとは何か」というテーマです。普段何気なく使っている言葉なのに、定義しようとすると意外と難しくて「なぜそれをエモいと感じるのか」「どのように社会や文化と結びついているのか」を考えていく過程で、身近な文化から哲学的な話題へと橋渡しされていく感覚がありました。
近年、若者の間で使われる「映え」や「エモい」という言葉は社会から生まれた言葉です。はたしてこの言葉は新たな感性なのか、それとも若者の言語の貧困化なのか?という問いは興味深かったです。
学生たちそれぞれの考える「エモい」写真を集め、それを皆で見る時間もありました。一人ひとりが何を「エモい」と認識するのか、「エモい」という言葉をどのようにとらえているのか、個人の差異やパターンが見えてきたときに、新しい視点を得られた気がしました。若者の中でも「エモいという言葉で片づけたくない」「語彙力がない」「感性が感じられない」と思って、その言葉を使いたくないという人もいます。例えば田舎の風景を見て、外国人観光客にとってはエモいと思っても、地元の人は毎日見て飽きていて、あまり感情は動かないと思います。
この授業を通して、自分が見ている世界や感じていることが、必ずしも他者と同じではないという当たり前の事実を実感するとともに、考えることの重要性を学ぶことができました。自分は哲学的な物事や、答えがわからなくても考えることが好きなので、この授業はとくにおもしろかったです。
とくに印象に残っているのが「エモいとは何か」というテーマです。普段何気なく使っている言葉なのに、定義しようとすると意外と難しくて「なぜそれをエモいと感じるのか」「どのように社会や文化と結びついているのか」を考えていく過程で、身近な文化から哲学的な話題へと橋渡しされていく感覚がありました。
近年、若者の間で使われる「映え」や「エモい」という言葉は社会から生まれた言葉です。はたしてこの言葉は新たな感性なのか、それとも若者の言語の貧困化なのか?という問いは興味深かったです。
学生たちそれぞれの考える「エモい」写真を集め、それを皆で見る時間もありました。一人ひとりが何を「エモい」と認識するのか、「エモい」という言葉をどのようにとらえているのか、個人の差異やパターンが見えてきたときに、新しい視点を得られた気がしました。若者の中でも「エモいという言葉で片づけたくない」「語彙力がない」「感性が感じられない」と思って、その言葉を使いたくないという人もいます。例えば田舎の風景を見て、外国人観光客にとってはエモいと思っても、地元の人は毎日見て飽きていて、あまり感情は動かないと思います。
この授業を通して、自分が見ている世界や感じていることが、必ずしも他者と同じではないという当たり前の事実を実感するとともに、考えることの重要性を学ぶことができました。自分は哲学的な物事や、答えがわからなくても考えることが好きなので、この授業はとくにおもしろかったです。
統計データを視覚化するのはモノ作りと似ている
2年次で受けた「社会人口学」では、日本が直面している人口減少の実態や、その背景にある社会的要因について学びながら、人口を分析するための基礎的な知識や手法を身につけました。地域にとって人口は大事なピースです。出生率や死亡率、高齢社会などの言葉が、何を意味するのかといった基礎的なことから、人口減少や高齢化が、消費や保険制度など、社会のあらゆる面に及ぼす影響について考察し、そして実際の統計や調査の方法などまで、幅広く学ぶことができました。
授業の中でとくに印象的だったのは、実際に統計データを使い、自分の住む地域の人口構造を分析したことです。データをもとに棒線グラフを作ったり、文章でレポートにまとめてみて「このように考えられるのではないか」という仮説を導き出すのが、社会人口学です。
自分は考えることも好きなのですが、絵を描いたりモノを作ることも好きなので、形のないところから図を作り出す過程がおもしろかったです。統計データは数字の羅列です。それを視覚的に表す作業はモノづくりと共通していると感じました。数字が形になったとき、思ったよりも数値が上昇していたり、微妙に変化があったりする場合は、視覚化するとわかりやすいことが新たな発見でした。
結果的には、普段生活している中でなんとなく想像していた人口動態と、実際の数値で見る人口動態には乖離がありました。自分が生活している地域を題材にすることで、抽象的だった「人口問題」が急に身近な課題として感じられ、問題意識がより強まりました。
この授業で学んだ人口の動きは、都市や地域社会の成り立ちやコミュニティの維持に直結するため、都市社会や地域社会に関心を持つ私にとって、重要な基礎知識になりました。統計データの扱い方やグラフの作成方法など、社会調査に必要なスキルも身につき、今後のレポートや卒業論文での分析の際に生かせると期待しています。
授業の中でとくに印象的だったのは、実際に統計データを使い、自分の住む地域の人口構造を分析したことです。データをもとに棒線グラフを作ったり、文章でレポートにまとめてみて「このように考えられるのではないか」という仮説を導き出すのが、社会人口学です。
自分は考えることも好きなのですが、絵を描いたりモノを作ることも好きなので、形のないところから図を作り出す過程がおもしろかったです。統計データは数字の羅列です。それを視覚的に表す作業はモノづくりと共通していると感じました。数字が形になったとき、思ったよりも数値が上昇していたり、微妙に変化があったりする場合は、視覚化するとわかりやすいことが新たな発見でした。
結果的には、普段生活している中でなんとなく想像していた人口動態と、実際の数値で見る人口動態には乖離がありました。自分が生活している地域を題材にすることで、抽象的だった「人口問題」が急に身近な課題として感じられ、問題意識がより強まりました。
この授業で学んだ人口の動きは、都市や地域社会の成り立ちやコミュニティの維持に直結するため、都市社会や地域社会に関心を持つ私にとって、重要な基礎知識になりました。統計データの扱い方やグラフの作成方法など、社会調査に必要なスキルも身につき、今後のレポートや卒業論文での分析の際に生かせると期待しています。
自分や社会を多角的に見られるようになり、生きるための考え方が身についた
高校生のときに社会学に触れ、すでに「都市社会学」に興味を持っていたので1年次、2年次の前期で「地域社会・都市社会」の分野に触れました。そしてほかにもいろいろな学部の授業を受ける中で、野呂ゼミの研究内容に惹かれました。テーマは「デジタル技術の進歩による地域関係の希薄化、それに伴う都市の分断」です。近代の地域交流・支援ではデジタル技術が活用され、より効率的に多様な関係が結ばれるようになりました。しかし反面で、人間同士の対面による交流の機会が減り、地域の関係性が薄くなっていってしまうのではないかということです。
自分の実体験で言うと、祖母のひとりが神戸に住んでいて、もうひとりの祖母が隣の家に住んでいます。ですから神戸の祖母とはなかなか会えません。そこで、デジタル技術を使ってつながる支援ができるのではないかと。実際に、福祉の分野でそれはどれくらい実現されているのかなどについても知りたいですね。その反面で、オンラインでつながれたとしても、対面で会わないことで、祖母が家から動かなくなってしまうという面もあります。つながりを必要としている人にとって、地域にとってそれはどうなのか、などについて知りたいと思っています。デジタル化が進む現代において、メリットだけでなくデメリットはないのかということを技術が進歩している今だからこそ、考えることが重要だと思っています。
立教大学では専門的な知識だけでなく、社会をどのように見るか、他者をどう理解するかといった、生きるうえでの考え方が身につきます。大学入学後の2年間で、高校で体験した社会学の授業からは思いもよらないくらい社会の大きさ、複雑さやつながりを感じられるようになり、自分や社会を多角的に見ることができるようになりました。また私は、留学という目標を持っているので成績評価を高くキープするため目下努力中です。しかし、英語とスペイン語で苦労しました。さらに語学スキルを高め、ほかにゲーム業界にも興味があるので、コンピューター系の資格も取得したいと思っています。
自分の実体験で言うと、祖母のひとりが神戸に住んでいて、もうひとりの祖母が隣の家に住んでいます。ですから神戸の祖母とはなかなか会えません。そこで、デジタル技術を使ってつながる支援ができるのではないかと。実際に、福祉の分野でそれはどれくらい実現されているのかなどについても知りたいですね。その反面で、オンラインでつながれたとしても、対面で会わないことで、祖母が家から動かなくなってしまうという面もあります。つながりを必要としている人にとって、地域にとってそれはどうなのか、などについて知りたいと思っています。デジタル化が進む現代において、メリットだけでなくデメリットはないのかということを技術が進歩している今だからこそ、考えることが重要だと思っています。
立教大学では専門的な知識だけでなく、社会をどのように見るか、他者をどう理解するかといった、生きるうえでの考え方が身につきます。大学入学後の2年間で、高校で体験した社会学の授業からは思いもよらないくらい社会の大きさ、複雑さやつながりを感じられるようになり、自分や社会を多角的に見ることができるようになりました。また私は、留学という目標を持っているので成績評価を高くキープするため目下努力中です。しかし、英語とスペイン語で苦労しました。さらに語学スキルを高め、ほかにゲーム業界にも興味があるので、コンピューター系の資格も取得したいと思っています。
私のお気に入り授業:ヨーロッパの文化と言葉
キリスト教やヨーロッパ文化における言葉の働きを研究しました。聖書の一節を引用しながら、普段何気なく使っている「言葉とは何か」をさまざまな哲学者、心理学者の視点からとらえ「人と言葉と文化」について考える哲学的な授業でした。ヨーロッパとキリスト教の歴史の軸に触れられたような気がしました。
「社会はすべてつながっている」という考えから、自分の興味の外にある分野、例えばメディア系やスピリチュアル系などの知識や視点も得られるように、組み合わせて履修しました。そして、空きコマを作らないようにしてまとまった時間をつくり、趣味やアルバイトにあてました。